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7月

01

2014

港区虎ノ門地区再開発

 

港区虎ノ門地区は、官庁街にしてオフィス街としても知られる千代田区霞が関に隣接し、東に行けば新橋・汐留、西には赤坂・六本木という、古くからのオフィス街や大規模再開発街区のほぼ中間に位置している。もともと地の利の良さから穴場的魅力はあったものの、大型オフィスビルが少なかったためにオフィス街としては長らく二番手以下に甘んじてきた虎ノ門が今、生まれ変わろうとしている。

 

関東大震災復興に遡る都市計画道路開通の夢
2014年6月11日に開業を迎えた「虎ノ門ヒルズ」。ビルを貫いて「環二通り」が開通している

2014年6月11日に開業を迎えた「虎ノ門ヒルズ」。ビルを貫いて「環二通り」が開通している

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開業初日の「虎ノ門ヒルズ」のようす(上下とも)。悪天候にもかかわらず大勢の来場者が訪れた

開業初日の「虎ノ門ヒルズ」のようす(上下とも)。悪天候にもかかわらず大勢の来場者が訪れた

江東区有明2丁目を起点とし、千代田区神田佐久間町1丁目を終点とする総延長約13,950m、標準幅員40mの都市計画道路は、長年「マッカーサー道路」の俗称で知られてきた。現在でも、おもに建築・不動産業界などではこの旧俗称が使われることが多いが、正式名称は「東京都市計画道路幹線街路環状第二号線」といい、このうち港区新橋‐虎ノ門間の地上部分は「新虎通り」、中央区築地から虎ノ門までの「築地虎ノ門トンネル」を含む有明‐虎ノ門間の通称は「環二通り」と定められている。

この都市計画道路は、第二次大戦後の1945年末に閣議決定された「戦災地復興基本方針」に基づいて法定計画として採用されたものの、その後長きにわたって工事が凍結されていた。
このため、一部では「幻のマッカーサー道路」などと呼ばれ、あたかも戦後のGHQ最高司令官ダグラス・マッカーサー元帥の発案であるかのように誤解されてきたが、これはまったくの俗説である。そもそもは1912年の関東大震災後の帝都復興計画の一部として後藤新平らが発案し、当時の帝国議会の反対によって廃止された都市計画道路を、戦後の戦災復興都市計画の一環としてほぼそのままの形で復活させたものだ。マッカーサー元帥をはじめとするGHQは計画にノータッチであったばかりか、「敗戦国に立派な道路は必要ない」として、むしろ反対の立場であったという。

その後、1950年には、当初100mの予定であった道路の幅員を40mとすることが決定したが、同区間は商業地としての価値が高かったために用地買収が難航し、長らく計画は頓挫した状態にあった。しかし、元号が昭和から平成に変わった1989年の法改正によって立体道路制度が創設され、道路上に建物を建てることが可能になったことで、ようやく事業再開のメドが立った。もっとも頑強に用地買収に抵抗してきた新橋‐虎ノ門間でも、1998年には「新橋・虎ノ門地区第二種市街地再開発事業」の都市計画が決定。道路工事が着工したのは、じつに60年目の2005年のことであった。

 

東京五輪開催を追い風に、「虎ノ門ヒルズ」が竣工
桜田通り沿いで建築中の「海洋船舶ビル建替え計画」。竣工予定は2015年8月

桜田通り沿いで建築中の「海洋船舶ビル建替え計画」。竣工予定は2015年8月

外堀通り沿いで建築中の「(仮称)虎ノ門開発計画」。竣工予定は2015年5月

外堀通り沿いで建築中の「(仮称)虎ノ門開発計画」。竣工予定は2015年5月

その後、2011年3月11日の東日本大震災を経て、同年4月1日に「環状二号線Ⅲ街区計画」が着工する。2013年には「虎ノ門ヒルズ」という名称も決定し、先行して竣工済みのⅠ街区(「新橋プラザビル」2011年4月竣工)、Ⅱ街区(「グランスイート虎ノ門」2007年4月竣工)とともに、環二通り上Ⅲ街区の市街地再開発事業は完成に近づいた。さらにこの2013年9月には、きたる2020年における夏季オリンピック開催地が正式に東京に決定している。東京五輪開催の経済効果は、当該地区のみならず東京都全域の、否、日本全体の再開発事業にとっての追い風となったのである。

明けて、2014年。3月29日15時をもって、環状二号線のうち第一京浜(新橋4丁目)から外堀通り(虎ノ門2丁目)までの約1.4km(うち本線地下トンネル区間:約0.9km)の区間が開通した。この時点で外観はほぼ完成していた「虎ノ門ヒルズ」の建物を貫通する「環二通り」の壮観な眺めは、TVや新聞などのマスメディアでたびたび紹介され、竣工目前の同ビルへの期待はいやがうえにも高まった。それから2ヶ月後の5月29日、「虎ノ門ヒルズ」は予定通り竣工。そして6月11日の開業の日を迎えたのであった。

地上52階の超高層複合ビル「虎ノ門ヒルズ森タワー」は高さ247m、赤坂9丁目の「ミッドタウンタワー」に次いで都内で2番目の高さを誇り、延床面積は約7万4000坪。低層階には「虎ノ門ヒルズフォーラム」と名づけられた会議施設、高層階には住居とホテル「アンダーズ東京」が入り、その中間の6~35階がオフィススペースで、オフィス部分の貸室総面積は約3万坪と発表されている。すでに入居テナントとしては株式会社アサツーディ・ケイ、西松建設株式会社、NHN PlayArt株式会社などの社名が公表されており、ほかにも外資系大手製薬会社などの名が挙げられている。

開業日となった6月11日は、関東地方で連日の豪雨となった梅雨空の下ではあったが、多くのメディア関係者や来場者が足を運んだ。

 

大小新築ビルの竣工を控え、今後も開発の槌音が続く

環状二号線の開通と「虎ノ門ヒルズ」竣工を追い風として、虎ノ門を中心に新橋から赤坂にかけた周辺一帯では、再開発が急ピッチで進んでいる。「虎ノ門ヒルズ」の特定建築者である森ビル株式会社では、このエリアを「ToMoTo(=TOMORROW’S TOKYO)」と呼称しているが、まさしく明日の東京、未来の東京をイメージさせる活気あふれるエリアとなっていることは間違いない。

虎の門病院を中心とする虎ノ門2丁目界隈では「虎ノ門二丁目地区市街地再開発事業」(2023年竣工予定)、さらに外堀通りを北上した溜池山王駅寄りのエリアでは「赤坂一丁目地区第一種市街地再開発事業」(2017年竣工予定)というビッグプロジェクトが計画されている。後者は地上37階建ての地下鉄駅直結の超高層ビルとなる予定だ。

いっぽう、「虎ノ門ヒルズ」の東側を通る愛宕下通りを西新橋交番前交差点で右折すると「(仮)西新橋2-3計画」が、交差点を渡った左側には「日土地虎ノ門ビル」が2013年10月に竣工している。これは地上11階建ての中型ビルながら、CASBEEの最高ランクである「S」をはじめ、複数の環境評価制度において最高ランクを取得。日本土地建物株式会社における環境フラッグシップビルと位置づけられている。また、「虎ノ門ヒルズ」西側の桜田通りを虎ノ門駅方向へ向かうと、右側に「海洋船舶ビル建替え計画」が進行中である。

また、虎ノ門交差点から外堀通りを新橋駅方向に進むと、通りの左右で複数の工事が進行中だ。向かって右手では1971年に竣工した「虎の門高木ビル」の建替え工事がほぼ完了し、その隣では「ジーエス・ユアサ新橋ビル」の解体工事が始まっている。向かって左手では「(仮称)虎ノ門開発計画」が進行し、2013年3月に竣工済みの「虎ノ門ビル」を越えると「西新橋愛光ビル」が解体され更地になっている。ほかにも、2014年10月竣工予定の「(仮称)VORT虎ノ門1丁目ビル」など多くの新築ビルの供給が見込まれ、虎ノ門エリアへの注目度はますます高まっている。

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