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1月

16

2015

変貌を遂げる日八京地区 東京駅直近の好立地エリアの展望

東京駅の八重洲口側、西を首都高速八重洲線、北と東を都心環状線、南を東京高速道路に囲まれているエリアを通称「日八京地区」と呼んでいる。交通の要衝、東京駅の直近という潜在的な需要がありながら、これまで大規模なオフィスビルの建設に恵まれてこなかった。しかしここ数年、再開発や建て替えが目覚ましく、大きく姿を変えようとしている。
そこで、現在進行しているプロジェクトから日本橋エリアのこれからを眺めてみたい。

 

江戸期から明治にかけて栄えたかつての日本の中心地

東京駅の東側のエリアを、同じ西側の大手町・丸の内・有楽町を「大丸有」というのにならって、日本橋、八重洲、京橋の頭文字を取って「日八京」と呼称する。

このエリアの中心となる日本橋は、江戸開幕以降、いち早く開発が始められた地域で、徳川家康の命により架橋された日本橋にちなんで周辺をこう呼ぶようになった。そして日本橋は、東海道、中山道、日光・奥州街道、甲州街道といった幕府直轄により整備された五街道の起点となり、物資や人が集まる交通の要として栄えた。

また、三井越後屋(現・三越)、白木屋(東急百貨店を経て、同地にはCOREDO日本橋が建つ)、大丸屋(現在の大丸であるが、八重洲に移転)などの大店が集積し、江戸の商業の中心だった。さらに周辺に金座や銀座などの造幣施設が置かれ、金融においても重要な場所でもあった。

メガバンクの本店が丸の内にある現在でも、日本銀行や東京証券取引所、地銀の本店が今もなおこの周辺にあることからも、当時がうかがい知れる。関東大震災後、繁華街としての賑わいはモダンな新宿や銀座に移り、魚河岸も築地に移転し、旧守的な街として取り残された。さらに戦後高度成長期には日本橋の上空を首都高速が走り、橋と同様に翳りを見せていた。

 

 

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京橋も、日本橋と並んで文化・商業の中心として賑わっていた。現在も古くから日本経済を支えてきた大企業、特に商社、ゼネコン、製薬会社、食品メーカーなどの本社がこの地に多く存在する。

 

一方、八重洲は、1954年(昭和29年)にランドマークとなる鉄道会館ビルの建設と大丸東京店の開業、1964年(昭和39年)に新幹線が開業するまでは、東京駅の裏口的なイメージが拭えなかった。

なお、現在の八重洲という地名は、中央区に存在するが、もともとオランダ人ヤン・ヨーステンの和名「耶楊子(やようす)」に由来する地名で、徳川家康に領地として賜った現在の丸の内を指すものだった。昭和に入って、八重洲町は丸の内に改名され、東京駅の西側改札口が八重洲町口から丸の内口に、東側が八重洲橋口から八重洲口に変更され、その後、日本橋側を八重洲と通称され、戦後に日本橋区と京橋区が合併し、中央区が成立した際に「八重洲」という住居表示が生まれた。

東京駅八重洲口にも転換の機が訪れる。JR東日本による再開発事業「東京ステーションルネッサンス」である。その一環として、2001年(平成13年)11月に「パシフィックセンチュリープレイス丸の内」が、2007年(平成19年)11月に超高層ツインタワービルの「グラントウキョウ」が竣工し(その後、ヒートアイランド現象の緩和を目的として鉄道会館ビルは解体される)、八重洲口が一躍脚光を浴びるようになった。

三井グループの威信をかけた日本橋再開発が始動
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高島屋裏手のあじさい通りより見た東京日本橋タワー。黒川紀章設計の大同生命ビルの跡地に建てられた

日本橋の再開発に先鞭をつけたのが、1999年に閉店した東急百貨店日本橋店跡地に三井不動産と東急不動産により2004年(平成16年)1月に竣工した「日本橋一丁目三井ビル」である。永代通りと中央通りが交わる日本橋交差点に位置し、東京メトロ日本橋駅とも地下で直結していることから、日本橋の再生のシンボルとなった。オフィス区画にはメリルリンチグループ、伊藤忠丸紅鉄鋼、早稲田大学大学院日本橋キャンパスが入居し、商業区画の「COREDO日本橋」(CORE(中心・核)+EDO(江戸)による造語)には完成当初セレンディピティが入居していた。

以降、三井不動産が主体となって「日本橋再生計画」が動きだしたわけだが、日本橋の北詰の三越前駅エリア、すなわち三越や三井不動産を始めとする三井グループの本社が建ち並ぶ「三井村」から着手された。2014年10月「日本橋室町東地区再開発」の5街区すべてが完成しお膝元の地固めが済み、日本橋エリアへの開発スピードが加速した。

 

老朽化した本社ビルの建て替えラッシュが続く

かつて太陽生命ビルと村野藤吾設計の高島屋新館があった日本橋二丁目地区第一種市街地再開発A街区の事業用地

一方、日本橋南詰は、三井不動産が室町で開発を進めている間隙を縫って、三菱グループが、2014年(平成26年)2月に「フロントプレイス日本橋」を、同年2月に「日本橋ダイヤビル」を竣工させた。

まず、「フロントプレイス日本橋」は、COREDO日本橋より1ブロック東の昭和通りと永代通りが交わる「江戸橋一丁目交差点」に位置する。このビルは、日本政策投資銀行の環境格付け「Green Building認証制度」のgoldを付与、「官庁施設の総合耐震計画基準」Ⅱ類相当を確保した構造設計、さらに地下鉄銀座線・東西線・浅草線の日本橋駅より徒歩1分と近いことから、満室稼働で完成した。

なお、「江戸橋一丁目交差点」の昭和通りに面し、COREDO日本橋の東側に隣接した空地には、2015年4月着工で「日鐵日本橋ビル」の建て替えが行われる予定である。

「江戸橋一丁目交差点」の北側、江戸橋のたもと、「江戸橋南交差点」の昭和通り沿いにある「日本橋ダイヤビル」は、同じ場所にあった三菱倉庫の江戸橋倉庫ビルを建て替えたものである。従前のビルは東京都選定歴史的建造物に認定され、初期都市型倉庫として貴重な建築遺産であり、その外観を保存した計画となった。

 

中央通りから日本橋二丁目地区C街区と高島屋を見た。ここ には日本橋高島屋北別館、山本山本店、日本橋富士ビルがあった

6階と7階の間に免震層が設けられている。低層階は旧来と同じく三菱倉庫の本店オフィス、トランクルームとして活用され、高層階はテナントオフィスとなっている。なお、この「トランクルーム」は、昭和6年に三菱倉庫によって考案・命名され、この地に日本で初めて設置された。

また、同じ昭和通りを南下し、八重洲通りと交差するところに、「オンワードパークビル」が2014年(平成26年)10月に竣工した。このビルは、オンワードホールディングスの本社屋の建て替えで、高層階に同社の本社が入居し、それ以外のテナントフロアとなっている。基礎免震構造と制震梁を採用した高い耐震性、72時間対応の非常用発電機などのBCP対応、太陽光発電システムの採用などによる建物の省エネルギー化を図ったため、高稼働でのオープンとなった。

日本橋エリア再開発の第2ステージが始まる
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Nプロジェクトは、既存ビルの地下4階まで及ぶ強固な躯体を基礎として利用する珍しい免震構造となる

さてCOREDO日本橋のある日本橋交差点に目を転じてみると、その南東側には、地上35階、高さ180mの「東京日本橋タワー」の偉容が目に入ってくる。これは、都市再生特別地区の指定を受けた日本橋二丁目地区E街区を、住友不動産の主導による任意の共同化事業で進めてきたビルである。日本橋駅直結に加え、イベントホールやカンファレンスセンターといったビジネスユースの施設を備える。2015年2月に竣工を控え、注目を集めている。

 

また、その南側では、A~D街区からなる日本橋二丁目地区第一種市街地再開発事業が始動している。A街区には2018年( 平成30年)7月竣工の地区エネルギーセンターを含む26階建て高さ145mのオフィスタワー、C街区には2018年(平成30年)12月竣工の低層階に百貨店が入る31階建て高さ180mのオフィスタワー、D街区には防災倉庫が整備される。B街区は2017年(平成29年)8月竣工を目指し、重要文化財に指定されている日本橋高島屋本館の改修が行われる。

さらに中央通りを南下したところに、「Nプロジェクト」と呼ばれるオフィスビルが姿を現した。色の見本帳でお馴染のDIC株式会社(旧大日本インキ化学工業)の本社があったところである。当初の18階建ての予定が見直され、12階に規模が縮小され、竣工は2015年(平成27年)4月になる。

 

一大オフィスゾーンとして日本橋エリアが活性化
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浅野ビルディング、東京建物日本橋ビル、日本橋中央ビルの跡地を共同で1棟のビルに建て替える日本橋1丁目プロジェクト。その免震構造も特徴のひとつだ

もう一度、日本橋交差点に戻り、その北西側の永代通りを見ると、「日本橋1丁目プロジェクト」のオフィスビルが、2015年(平成27年)2月竣工を目指して工事が急ピッチで進んでいる。このビルは、東京建物、伊予銀行、ヒューリック、日本橋一丁目特定目的会社が共同で進める開発プロジェクトで、この場所にあった3つのビルを1棟のビルとして建て替えることでワンフロアの面積を広げ、価値を上げようとするもので
ある。ただし、通常手法による建設計画のため日本橋地区の高さ制限の規制を受け、タワービルではない。その隣には単独建て替えとなったパチンコの三洋物産の「日本橋三洋グループビル」が2014年(平成26年)4月に竣工した。

 

また「日本橋1丁目プロジェクト」からみて永代通り挟んだ南、ちょうど柳屋日本橋ビルの隣に、NTT都市開発による「アーバンネット日本橋二丁目ビル」が2015年(平成27年)10月完成を目指して計画されている。このビルも、日本政策投資銀行の環境格付けgoldが付与されている。

最後に、永代通りと外堀通りが交わる「呉服橋交差点」にある「新鉄鋼ビル」を取り上げたい。2015年10月竣工に向けて工事が進捗しているこのビルの特徴は、ワンフロア約2,370㎡の無柱オフィススペースにある。また、天然ゴム系積層ゴム支承、U型鋼材ダンパー、オイルダンパーの3種類の免震材料を建物の中間部に設置し、地震の影響を最小限に抑える人に優しい耐震構造となっている。

 

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敷地が千代田区丸の内1丁目と中央区八重洲1丁目に跨り、東京駅八重洲口至近の好立地にある新鉄鋼ビル。長期滞在用のサービスアパートメントやバスターミナルを備える「にぎわい施設棟」と「オフィス棟」からなる

日本橋を一大オフィスゾーンとしての塗り替えを目論む三井不動産は、次なるプロジェクトを準備している。例えば、野村證券本社ビルや日本橋西川ビルを含む「日本橋一丁目中地区(4-12街区)」 や榮太郎ビルや国分ビルのある「日本橋一丁目1・2街区」である。

日八京地区は、狭い敷地に建てた雑居ビルが多く、しかも築年数も古い。特に日本の玄関口である東京駅八重洲口周辺はこうしたビルで雑然としている。こうした地権者が多い場所の再開発は非常に困難ではあるが、超高層のタワービルが林立するようになれば、丸の内に引けを取らないビジネスセンターに生まれ変わる可能性がある。

 

 

 

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